昭和精吾の●陸●海●空

もと天井桟敷俳優、昭和精吾のブログです。

2009年04月

放送のための叙事詩「コメット・イケヤ」ではありませんが、寺山さんの近くに最近、新しく光り輝いた星が誕生しませんでしたか? やっぱり誕生しましたか。星は二五七☆と命名されました。ステーションより遥かに遠い所から、この我が家の小さなベランダの藤の花が見えますか? 見える! 1年おきに咲く不思議な藤です。

寺山さんは本番前、「昭和、頑張れよ」と一度も言いませんでしたよね。毎回「頼むな」「わかりました」だけでしたね。5月4日からの他劇団へのゲスト出演であれども俺、頑張りません。「わかりました」と言って、ゆっくりと静かに語りに入っていきます。




「遠い昔の70年代に一緒に撮った寺山さんとの写真をイメージして折角見に来て下さるお客さんに、今のお父さんの顔が突然出たら、ショック死する人出るかもよ。どうせ、たいした顔じゃないんだから、先に公表しちゃえば」
しぶしぶ娘に従いました。

「あんたほど、昔と変わった人は、このに世にいないわよね」
「うるせえ!ババア!」「何よ!クソジジイ!」

「昭和は世界一、藤が似合わん男だね」
「俺も、そう思っています」

では、またです。


藤の花の香のなかで         昭和精吾


管理人註)PC環境のかたはいつもの公演情報欄のほうが多少が見やすいかと思います。内容は同じです。



昨年、一昨年と大阪公演があり高尾ではお目にかかれませんでしたので、今年こそはと思っておりました。
しかし寺山さんの作品を意欲的に取り組んでいるA・P・B-Tokyoという若い劇団からオファーがあり、5月4,5,6日と本番で、今年も残念ながらお会い出来そうにもありません。
4日は他にも仕事があり楽屋入りする前、午後0時5分西の空に向かって合掌します。

「寺山さんて、どんな人?」
若い劇団員のこの質問が一番きついです。
『自己主張が強く我がままでしたよね。よく自慢もしましたよね。大勢の劇団員の前で日常茶飯事的に俺を怒鳴りましたよね。明日の本番を控え徹夜しながら二人で一本の芝居を仕上げましたよね。これを最後に読め、本番をやっている最中に突っ込み原稿を渡しましたよね。昭和!発煙筒を投げろ!会場を破壊しろ!もっと投げろ!観客との乱闘もありましたよね。ホームラン打者より3割バッターになれとも言いましたし上手い役者より凄い役者になれとも言いましたよね。俺みたいに言語でしゃべれ、言語には思想がある。はっ、俺には理解できないことも言いましたよね。よく、決めろ!と怒りましたよね。昭和、そんな感じ。「感じ」を連発する人でしたよね。負けた時は見せませんでしたが勝った時の馬券は必ず見せてくれましたよね。昭和、女を交換しようか?冗談とも本当ともとれることも言いましたよね。照れくさくなると昭和!たばこ! 全くさまになっていない、吹かし方をしましたよね。
退団してからも、遊びがてら一度劇団へきませんか?と誘ってもくれましたよね。借金は残りましたが寺山さんにもらった無形な財産は、それを上回りました。
今は小さなマンションを購入、ローンに追われながら悪妻とささやかな年金暮らしで日々、ひっそりと過ごしております。
他の劇団員や寺山さんと親交のあった周囲の方々には、どうであったか知るすべもありませんが、茶目っけで、やっぱり優しい一番の兄貴でした。他の劇団員との一緒に撮った写真は何枚か持っていますが、ツーショットの写真は一度使いましたがこれしかありません。また、使わせて下さい。ああ、いいよいいよ、どんどん使え! ありがとうございます』では、また。

さて、本番に語る寺山さんの詩だが6ステージ全部違う詩を語ろうか、エンデングの曲を考慮した場合は「アメリカよ」と「国家論」の交互上演という手法もあるが、まだまだ判らん。ぜひ、お越し下さい。



(写真・寺山修司と昭和精吾
 1970年代・渋谷・天井桟敷館)



(以下の「続き」にて公演詳細がご覧になれます)

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