「昭和さん、今年は寺山さんが亡くなって25年ですね」
関西方面(いや!今や全国区か!)で活躍している見世物パンク一座・ストロベリーソングオーケストラの座長・宮悪戦車の手紙で知り改めて年月の早さを感じた。

(空の墓場で死にきれず 翼亡きゆえとべもせず 戦後四分の一世紀 天にわだつみ地に焦土 帰る故郷も麦もなし)

一緒に演劇活動をしていた頃の寺山さんが書いた一節であるが、他界してから本当に四分の一世紀が経ってしまった。
「俺も年取るわけだい!」妙に自分自身に納得させながら久しぶりに柱時計のネジを巻いた。
ボ〜ン 何とも言えない響きが部屋中に伝わる。哀愁とはこんなことだろう。
そういえば、今日はおふくろの誕生日だっけ。好物だった栗饅頭を食べ、そして、おしるこで暖をとろう。時間がせまって来た。

多少のずれはあったが年代別に整理しながら載せてきた「精吾の部屋」の扉を閉じ、これからは思いつくまま当時の寺山さんの事や天井桟敷時代をブログに一括させて載せて頂く。何卒、ご了承のほどを。

まずは、持っている生原稿から始めよう。





*こもだ註)精吾の部屋も削除はせずにそのまま置いておきます。今後の更新はこちらのブログの中でいたしますが、あちらから読み始めるかたもいらっしゃると思うので、(手が回れば、ですが)目次はこれまで通りあちらの扉にも置き、リンクしようかな・・・と考えております。