昭和精吾の●陸●海●空

もと天井桟敷俳優、昭和精吾のブログです。

タグ:寺山修司

2013-05-25万有SUNA打ち上げ


あの紀伊国屋ホールで簡易ソファに横たわりながら最後の演出作となった「レミング」にダメ出しする寺山さんの後姿をオーバーラップさせながら終始舞台を見ていた。
「あれっ?これって天井桟敷公演だよね」
まさに、そう思い起こさせるような見事なシーザーの演出と応えた役者達の「SUNA」であった。
没後30年とあって様々な方、様々な劇団が新しい解釈で斬新な感性を発揮させながら寺山作品を上演したり今後上演しようとしている。それはそれでいい。間違っているとは思わない。何度か芝居や映画を観に行ったが何を観ても「ほぉ、ほぉ」としか言わなかった。
5、6年と短い期間ではあったが寺山さんとリアルタイムで演劇活動が出来たことを今誇りに思っている。

「あと何年位だろう」「わからん」こんな会話が飛び出すようになった終演後の飲み会であった。
高田恵篤、井内俊一、小林桂太がいい。31日までの公演、是非、観てもらいたい。かつての天井桟敷公演を垣間見る事が出来る。
終電で千鳥足で家路に向かう頬に小名木川の川面をなでた風が心地よかった。

2013-05-22レモン


昨日、築地市場でアメリカから輸入されて来たレモンを調べていたら「おい!グレープが入っているぞ!」手に取れば巨大レモンであった。
今、目の前にある物と写真を撮ったので比較してほしい。
これってギネス級だよね?

5/4は小空間に大勢お集まり頂き誠にありがとうございました。
狭い楽屋で待機していた時に既に感じてました、「これは、もしかして酸欠?」
案の定、舞台に出たら途中からめまいが襲ってきました。
なんとか終わらせる事だけを考えておりましたが、立っているのがやっとでした。
醜態を見せてすみませんでした。老体はこんなもんでしょう。

懲りずにまた8月には劇場 ザムザ阿佐谷へお越しください。
本当にありがとうございました。
熱い中での観劇、再度お詫び申し上げて迷った末、こちらにてご挨拶します。

昭和精吾

130511ザムザ打合せ
(資料の解説をする昭和精吾)

今年の8月にザムザ阿佐谷が開催する寺山修司フェスティバル(仮)に昭和精吾事務所も参加する。
劇場に打合せに行って来た。

8月は大きなスクリーンに資料スライドを投影しながら寺山さんや天井桟敷のことを語ろうと思う。
もちろん5月にできなかったレパートリーも披露する。
どうぞご期待ください。

管理人のこもだです。
「満員御礼、誠にありがとうございました。
あの小さな空間に大変だったでしょうけれど、最後まで見ていただきありがとうございます。」

から始まる、昭和精吾のメッセージです。
(約1分)



次は8/14、15にザムザ阿佐谷にてお会いしましょう。
ありがとうございました。


わたしの製作日誌の記事も併せてご覧いただけると幸いです。

こもだまり製作日誌【Air*Log】
2013/05/04 23:00
「われに五月を」2013満員御礼
http://blog.livedoor.jp/mari_air/archives/51963714.html

2013/05/05 0:00
寺山修司命日公演「われに五月を」の日(当日レポート)
http://blog.livedoor.jp/mari_air/archives/51965075.html

管理人こもだまりです。
先日の打ち合わせとお花見のあと、

「夜の部、終演後2時間、寺山さんを偲んで献杯しながら想い出を語る会を設けました。
昭和は寺山さんの生原稿や在籍していた当時の「天井桟敷」の資料を持参し手にとって閲覧できるようにします。
公演をご覧になるお客様は、こちらの「寺山さんの偲ぶ会」にも御参加下されば命日供養になるかと思います。」    

昭和精吾



・・・というコメントが来たのですが、延び延びになっていたお祝いも一緒にしてしまおうと思ってタイトルを少し長くしました。

『寺山さんを偲び、昭和精吾の古稀を1年半遅れて祝う会』
2013年5月4日(土・祝)
『われに五月を』終演後の新宿シアターPOO
20:30〜22:30の予定
会費2000円 二時間飲み放題

参加ご希望のかたは『われに五月を』ご予約の際にその旨お申し付けくださいませ。
マチネ観劇後、用事を済ませて戻ってくる、というのも可です!


『われに五月を』詳細はこちらにて。
http://blog.livedoor.jp/syowa_seigo/archives/65710430.html



3月3日(日)、「巨人の星」や「あしたのジョー」 「タイガーマスク」 「愛と誠」など数々の不滅作を世に送り出した漫画原作の第一人者、故・梶原一騎(本名・高森朝雄)氏の夫人、篤子さんの誕生パーティーが六本木のクラブで開催された。予め招待状が届いていたので、 イッキやこもだ、それにお世話になっている劇団A・P・B-Tokyoの高野や浅野らを連れてお祝いに駆けつけた。
いい加減酔いが回ってきた頃に突然イッキ曰く「5月の寺山さんの命日に何かやりましょうよ」 「駄目だ!時間もないし、それに脊柱管狭窄症で両足指が痺れているんだ」。
まぁ、この場所でこれだけ酒が飲めるんだから大したことはないか!
数日が過ぎて「昭和さん、5月4日にPOOを押さえましたよ」「何だと!」無理矢理イッキ案に引きずり込まれた感である。

そんなわけで今年の5月4日は、久しぶりに『われに五月を』をフレッシュな2人の語り部に演じてもらおうかと思っている。長編叙事詩「李庚順」を軸に寺山さんの初期短歌の掛け合いや、俺が在団中に絶叫した詩などで【かくれんぼ】をテーマとする。さて、老体も「邪宗門」の鞍馬天狗に寺山流「国家論」あたりで挑戦しようか?
是非、お越し頂きたい。


なお没後30年ということで劇場ザムザ阿佐谷は8月いっぱいを、寺山作品の特別上演月間として企画しているそうだ。
前期高齢者の出番は8月14 ・15日、国民総移動に沸くお盆真っ只中、東京に人なるものがいないが岩手の童話作家の言う「ナツノアツサニモマケズ」頑張らないでやってみよう。
こちらのタイトルは『71歳・俺の寺山修司と天井桟敷』である。

俺から離れて向こう岸に渡った多くの方々よ、今日だけはこっちの岸に来てくれ。
今日は彼岸中日である。続きを読む



俺にとっての今年のGWの始まりは早朝の悲惨なバス事故から始まった。 合掌

数年前から少しづつ両足指がしびれる兆候があり昨年一昨年頃から、これにさらなる痛みも加わりX線、CT、MRIと撮り「腰部脊柱管狭窄症」と診断された。
「何じゃい、これは?」
全く読めなかった。
「過去に激しい運動や腰への打撲、あとは加齢によりますね」

加齢はいたし方なしとしても思い当たるふしもある。
東映の養成所に通っていた20代の頃、九州ロケがあり格闘シ−ンで思いっ切り腰を打ち救急車で博多の病院に搬送された。のち数年はなんでもなかったが「天井桟敷」に入団して、一か月間、後楽園遊園地で真夏「ブラブラ男爵」というロック・ミュ−ジカルを上演中のある朝、突然トイレで立てなくなった。本番中でもあり背骨にブロック注射を打たれ何とか楽日を迎えたが、あの痛さはこの年になっても脳裏にある。
「よし、腰を徹底的に鍛えようか」30代に入って山登りを始めた。西日本地方は別として岩木、森吉、岩手、鳥海、八幡平、月山、谷川、丹沢、雲取、大菩薩、富士、甲斐駒、北岳、横岳、赤岳、北穂、奥穂、西穂、槍等々他にも数多くあるが、単独か友人2人で踏破した(多少は自慢出来そうな山岳写真もある。折を見ていずれ載せようかと思っている)。しかし50代半ばでの右足首複雑骨折で登山は終息する。

「逆に重いザックを背負って腰を使い過ぎたのかな?」「血管を広げるための投薬をして少し様子を観ましょう」これが今の俺の現状である。


昨年、沖縄から「天井桟敷」時代の友人網走五郎が寺山さんの墓参りに上京した際「来年は、やるぜ!」と意気込んで何度か過去にお世話になった新宿駅南口近くの小空間「シアタ−poo」を5月4日寺山修司命日公演と銘打って押さえていたのだが上記の事がありギリギリ待ったが今回は3月にキャンセルをした。(写真は一昨年、こもだの舞台を見に行ったシアターpooで、そのだりんと再会した時のものである)

高尾への墓参りも今年は無理かも?「過」は良くない。使い過ぎ、やり過ぎ、食べ過ぎ、飲み過ぎ、吸い過ぎ・考え過ぎ、働き過ぎ、遊び過ぎ。ボ〜ッとして、このしびれと痛みの回復を待つか!
それにしても東京での10数年ぶりに寺山修司作品を2時間半程度に昨年末から単独公演として構成していたが仕切り直しは痛い。

残念!無念!「われに五月を」よ!




(こもだ追記)仕切り直しはしますが公演はいつか必ず行います。昭和精吾の古稀記念でもありますので、どうぞ忘れず楽しみにしていてくださいませ。またweb siteやこちらのブログにてお知らせいたします。



並木橋の五月の路上に長い影を落とし、はにかみながら予想した馬券も当たりませんでしたね。
あの日、あの時と同じ黒メガネスタイルでわざわざ沖縄から網走五郎が寺山さんに会いに来ましたよ。


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さて、新生・精吾の部屋その1である。

時は1971年7月24日から8月2日、場所は当時の晴海国際貿易センターであった。
ヨーロッパでの「邪宗門」の公演を終え‘71『地獄より愛をこめて』を上演した。タイトルが違ってはいるが内容はほとんど「邪宗門」に近いものであった。
広い会場には(十代だったと記憶しているが)「世界美女コンテスト」?があったり「フルーツガム・カンパニー」(このロック・バンドが当時、名を馳せていたか否か、実はレコードも持っていなければ今もって知らない)が出演したりして話題にはなった。

主催・名誉会長はおらが村の出身で誇りでもあった石田博英労働大臣であった。

その舞台で、寺山さんから渡された5枚の詩を朗読することになった。
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